はじめに
私が精巣がんと診断されたとき、これからどうなるのか?仕事は?手術は痛いのか?お金はいくらかかる?色んな不安が押し寄せてきて気付いたら「精巣がん」について何度も検索していました。
病気の説明をしているサイトはたくさんありました。しかし、「実際にどんな流れで治療が進んだのか」「そのとき何を感じ、どう乗り越えたのか」といった体験談は意外と少なく、不安な気持ちを抱えたまま毎日を過ごしていました。
だからこそ、この記事では、私が異変に気づいてから診断、手術、抗がん剤治療、そして治療を終えるまでの流れを、実体験をもとに包み隠さずお話しします。
今この記事を読んでいる方の中には、診断されたばかりで不安を抱えている方や、ご家族として情報を探している方もいるかもしれません。
私の体験が、これから治療に向き合う方や、その大切な人にとって、少しでも不安を和らげるきっかけになれば嬉しいです。
異変に気付いてから大学病院を紹介されるまで

精巣がんの最初の症状は突然の痛みだった
異変に気づいたのは、外出先で突然左の精巣に痛みを感じたことがきっかけでした。
「ちょっと痛いな」とは思いましたが、そのときはぶつけたわけでもなく、特に思い当たる原因もありませんでした。
一般的に、精巣がんは痛みを伴わないケースが多く、痛みが出る割合は約10%程度と言われています。参考:国立がん研究センター
そのため、「まさか、この痛みが精巣がんにつながっている」とは、この時の私は考えてもいませんでした。
一時的なものだろう、そのうち治るだろうと軽く考え、その日は特に気にすることなく過ごしていました。
痛みを我慢した1週間
しかし、数日経っても痛みは治まりませんでした。
「もう少し様子を見れば良くなるかもしれない」と思いながら、1週間は我慢して普段どおり生活していました。
それでも痛みはなくならず、不安も少しずつ大きくなっていきました。
「一度病院で診てもらおう。」
そう思い、近くの病院を受診しました。
精巣の痛みで受診|最初は性感染症を疑われた
病院で症状を説明すると、年齢が29歳ということもあって、最初は性感染症(性病)の可能性を疑われました。
正直、このときは「薬を飲めばすぐに治るだろう」と思っていたので、まさかこのあと大きな病気が見つかるとは想像もしていませんでした。
医師からは抗生物質が処方され、「薬を飲めば治るよ」くらいの感じでした。
抗生物質でも改善せず、大学病院へ
しかし、抗生物質を飲み続けても痛みは改善しませんでした。
薬を変えながら2〜3週間ほど治療を続けましたが、症状は変わらず、原因もはっきりしません。
そこで医師から、「詳しく検査をしたほうがいい」と言われ、大学病院を紹介されることになりました。
この時点で、精巣がんと告げられたわけではありませんでした。
ただ、薬を飲んでも症状が改善せず、これだけ長く痛みが続いていることから、「何か大きな病気が隠れている可能性もある」と説明を受けました。
大学病院を紹介された時点で、「何か普通ではない病気なのかもしれない」と感じ始めていました。
ネットで症状を調べるたびに「精巣がん」という言葉が目に入り、「もしかしたら自分も…」という不安が頭から離れませんでした。
診察の日が近づくにつれ、不安はどんどん大きくなり、落ち着かない日々を過ごしていました。
大学病院で告げられた現実

数日にわたる検査
大学病院では、血液検査やエコー検査、CT検査など、いくつかの検査を受けました。
検査は1日ですべて終わったわけではなく、数日に分けて行われたと記憶しています。
そのため、検査を受けるたびに「もしかしたら本当にがんなのかもしれない」という不安が少しずつ大きくなっていきました。
全ての検査が終わり、診察室で医師から説明を受けました。
まず伝えられたのは、血液検査で腫瘍マーカー(ガンマーカー)の数値が少し高くなっているということでした。
大学病院を紹介された頃から、自分でも症状について調べるようになり、「精巣がん」という病気の存在を知っていました。
そのため、腫瘍マーカーが高いと聞いた瞬間、「もしかしたら本当にがんなのかもしれない」という不安が一気に大きくなりました。
摘出手術が必要だと告げられた日
検査結果の説明が終わると、医師からこう言われました。
「がんかどうかは、摘出した精巣を病理検査してみないと分かりません。」
私は思わず、
「摘出する以外に方法はないんですか?」
と尋ねました。
すると医師は、
「残念ですが、摘出する以外の方法はありません。どちらにしても精巣は壊死している可能性が高いため、摘出する必要があります。」
と説明しました。
つまり、がんであっても、がんではなかったとしても、手術は避けられないということでした。
その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは「がん」ではありませんでした。
自分の体の一部がなくなってしまう。
その現実があまりにもショックで、頭が真っ白になりました。
そして次に思ったのは、
子どもを持てなくなるかもしれない。(※実際には、もう片方の精巣が正常に機能していれば、精子を作れる可能性があります。ただ、私は将来への不安から精子凍結を行いました。)
ということでした。
当時はまだ結婚もしていませんでしたが、将来は子どもが欲しいと思っていました。
精巣を一つ摘出すると聞き、「もう子どもを授かることはできないのではないか」と、不安でいっぱいになりました。
そのあとになってようやく、
もし本当にがんだったらどうしよう。
という恐怖が押し寄せてきました。
体はどうなってしまうのか。仕事は続けられるのか。治療はどれくらい大変なのか。
さまざまな不安が一気に頭の中を駆け巡り、医師の説明を聞いているはずなのに、その後の話はあまり覚えていません。
手術が必要だと説明を受けたあと、医師からは、
「本来であれば、できるだけ早く摘出手術を行いたいです。」
と説明を受けました。
精巣がんの可能性がある以上、一日でも早く手術を行うことが望ましいとのことでした。
手術を受けるまでの時間
しかし、病院の手術スケジュールの都合もあり、実際に手術を受けたのは診察から約2週間後くらいだったと思います。
手術の日程が決まってからも、不安な気持ちは消えませんでした。
「まだがんと決まったわけではない。」
そう自分に言い聞かせる一方で、「もし本当にがんだったらどうしよう」という考えが何度も頭をよぎりました。
時間があったからこそ、毎日のようにインターネットで「精巣がん」と検索し、体験談や治療について調べ続けていました。
調べれば調べるほど不安は大きくなりましたが、それでも「少しでも情報を知っておきたい」という気持ちのほうが強かったのを覚えています。
手術当日。ドラマで見た光景
私の場合、手術前日に入院しました。
前日の21時以降は食事が禁止になりました。(※水分についてはうろ覚えですが、手術の何時間前までという制限はあった気がします)
お腹は空いていましたが、それ以上に手術への緊張のほうが大きく、食べられないことはあまり気になりませんでした。
迎えた手術当日。
まずは手術用のパンツに履き替え、その上から手術着を着て、看護師さんに付き添われながら手術室へ向かいました。
手術室の扉が開いた瞬間、最初に思ったのは、
「ドラマで見たことある光景だ。」
ということでした。
大きな照明、たくさんの医療機器、忙しく動くスタッフの方々。
自分がその真ん中にいることが、どこか現実ではないような不思議な感覚でした。
手術台に横になると、名前や生年月日、手術内容などの最終確認が行われます。
その後、麻酔の準備が始まりました。
点滴を入れる際、麻酔科の先生が一度うまく入れられず、刺し直す場面がありました。
そのときは、「本当に大丈夫かな……。」と少し不安になったのを覚えています。
もちろん、その後は問題なく点滴が入り、先生から「麻酔が入りますね」と声をかけられました。
点滴から麻酔が流れ始めると、だんだん目が重くなっていきました。
「眠くなってきたな……。」
そう思ったところまでは覚えています。
次に目を開けたときには、完全に終わっていたわけではなく、意識確認のために病室で一度起こされました。
まだ頭はぼんやりしていましたが、名前を呼ばれたり、ちゃんと反応できるかを確認されたのだと思います。
その後、手術台から病院のベッドへ移されました。
ベッドで手術室を出ると、外には両親が待っていてくれました。
顔を見て少し安心しましたが、まだ麻酔が残っていて、会話をした記憶はほとんどありません。
そのまま病室へ戻ると、しばらくして下腹部の傷口がじわじわと痛み始めました。(※高位精巣摘除術は下腹部を切りそこから精巣摘出します)
最初は少し違和感がある程度でしたが、時間が経つにつれてはっきりとした痛みに変わっていきました。
そこで看護師さんに伝え、点滴から痛み止めを入れてもらいました。
薬が効いてくると少しずつ痛みが和らぎ、ようやく落ち着いて休めるようになりました。
患部は直接見える状態ではなく、パンツの上からしっかりと固定されていました。
「ああ、本当に手術が終わったんだ。」
そんなことをぼんやり考えながら、もう一度眠りにつきました。
次に目を覚ましたときには、もう夕方になっていました。
手術当日の夜。一番つらかった時間
夕方に目を覚ましてからは、ベッドの上で過ごしました。
この日はまだベッドから起き上がることは許可されておらず、横になったまま過ごすしかありませんでした。
食事はまだ食べることができませんでしたが、水やお茶などは飲むことができました。
また、尿道には尿を出すための管(尿道カテーテル)が入っていました。
もちろん、自分でトイレへ行くこともありません。
そして、手術を通して一番つらかったのは、この日の夜でした。
ベッドから起き上がることも、寝返りを打つこともできず、同じ姿勢のまま何時間も過ごしていると、腰がどんどん痛くなっていきました。
傷口の痛みというよりも、体勢を変えられないことによる腰の痛みのほうが印象に残っています。
もう一つ辛かったのが、尿道カテーテルです。
これは人によるのかもしれませんが、僕の場合は尿が管を通って出ていく感覚が痛みに近く、とても苦手でした。
眠りかけるたびに尿が流れる感覚で目が覚めてしまう。
「やっと眠れそう」と思っても、またその感覚で起きる。
その繰り返しで、ほとんど眠ることができませんでした。
翌日の昼頃になると、ようやく尿道カテーテルが外れました。
その瞬間、「やっと終わった」と心からホッとしたのを覚えています。
手術そのものは麻酔のおかげで気づけば終わっていましたが、一番つらかったのは間違いなく手術当日の夜でした。
術後の回復、そして退院
長く感じた夜が明け、術後1日目の朝を迎えました。
ほとんど眠れなかったこともあり、朝から疲れが残っていました。
昼頃になると、ようやく尿道カテーテルを抜くことになりました。
抜く瞬間は少し痛みがありましたが、それ以上に「あの鬱陶しかった管がやっと外れる」という気持ちのほうが大きく、ホッとしたのを覚えています。
ようやく自由に動けるようになったものの、最初はあまり歩けませんでした。
久しぶりにベッドから起き上がってみても、下腹部の傷口が引っ張られるような痛みがあり、ゆっくりと少しずつ歩くのがやっとでした。
それでも、自分の足で少しでも動けたことに、ほっとしたのを覚えています。
術後の経過は順調で、大きな問題もなく過ごすことができました。
そして、前日入院を含めて3泊4日の入院生活を終え、退院の日を迎えました。
荷物をまとめて病院を出るときは、「やっと家に帰れる」という安心感がある一方で、心の中にはまだ大きな不安が残っていました。
摘出した精巣の病理検査の結果は、まだ出ていません。
本当にがんなのか。
もし、がんだったら、他の治療も必要なのか?
手術は無事終わりましたが、多少なりとも不安が残る状態での退院でした。
まとめ
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、異変に気づいてから手術、そして退院するまでの体験をお伝えしました。
手術が無事に終わり退院することはできましたが、この時点ではまだ病理検査の結果は出ておらず、本当にがんなのか、これからどのような治療が必要になるのかは分かりませんでした。
次の記事では、病理検査の結果を聞いた日のことや、精巣がんと診断されたときのこと、その後の治療についてお話ししたいと思います。
この記事が、これから手術を受ける方や、同じように不安を抱えている方の参考に少しでもなれば幸いです。
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